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東京高等裁判所 昭和30年(う)598号 判決 1955年6月08日

控訴人 被告人 徐廷礼 外一名

弁護人 柴田睦夫 外一名

検察官 吉井武夫

主文

被告人徐に対する原判決を破棄する。

被告人徐を懲役十月及び罰金一万円に処する。

被告人徐が右の罰金を完納することができないときは金二百円を一日に換算した期間同被告人を労役場に留置する。

原審において証人李承悦に支給した費用は被告人徐の負担とする。

被告人金の本件控訴を棄却する。

当審において被告人金のために附した国選弁護人山崎清に支給した費用は被告人金の負担とする。

理由

本件控訴の趣旨は末尾添附の被告人徐の弁護人柴田睦夫、被告人金本人並びにその弁護人山崎清の夫々差し出した各控訴趣意書記載のとおりである。

被告人徐の弁護人柴田睦夫の控訴趣意第一点について

覚せい剤取締法第四十一条第四項が「営利の目的で又は常習として云々」と規定していることは所論の如くであるが、ここに謂うところの営利の目的とは利益を得る目的を指称するものであつて継続又は反覆して利益を得る目的のあることを必要とするものではないと解すべきであるから常習として敢行された場合にはその数個の行為を包括して一罪として処断すべきであるからといつて営利の目的でなされた場合もこれと等しく常に一罪として処断すべきであるとの所論は採用できない。むしろ営利の目的の存することを一の加重要件としたに過ぎないものと解するのが相当である。しかも本件訴訟記録全体を精査しても被告人が単一の犯意の下に原判示の各所為に及んだものとは認め難いから原審が被告人の原判示の所為に対し併合罪の規定を適用したことは相当であり、所論の如き法律の解釈適用を誤つた違法はないから論旨は理由がない。

同第三点について

原判決は原判示第一の事実認定の証拠の標目として一、証人森倉正司の当公廷での昭和三十年一月十七日の供述(右は弁護人も認めているとおり昭和三十年一月二十一日の原審第五回公判廷における供述の誤記であると認める)一、森倉正司の検察官に対する昭和二十九年十月十四日附及び同年十二月十一日附各供述調書その他を掲げていることは所論の如くであるが、論旨は先ず右森倉証人の前記公判廷における供述は同人の検察官に対する前記各供述調書に記載されているところとなんらくいちがうところはなく、くいちがいの生じたのは弁護人の反対尋問によるものであり、かくの如く反対尋問によつてはじめてあらわれた証言とくいちがうからといつて弁護人の異議申立を却下して検察官に対する供述調書の証拠調をなしこれを採証するが如きは刑事訴訟法第三百二十一条第一項第二号に違反し憲法の認めている審問権を全く有名無実に帰するものであると主張するからこの点について考えるのに、同証人の前記公判廷における供述を調べてみると右供述は前後矛盾する点が多々あり、前に検察官の面前においてなした供述と相反し、若しくは実質的に異つた供述をしておること明らかであり且つ前記各供述調書はその信用性の情況的保障に欠けるところは認められないから、原審が前記各供述調書を採証していることは固より相当である。そして刑事訴訟法第三百二十一条第一項第二号後段の前の供述と相反するか若しくは実質的に異つた供述をしたときとは必ずしも主尋問に対する供述のみに限らず、反対尋問に対する供述をも含むものと解するのが相当であり所論は独自の見解というべく到底採用することはできない。次に論旨は森倉証人は前記原審公判廷において「金玉錦の息子から堀切の姉さんが持つて来たから買つて呉れといわれて三百本を受け取り同人に千五百円を渡した。その際被告人が持つて来たかどうかは知らないが、金玉錦の息子から聞いたものであり、金千五百円も被告人に渡したのでなく、金本の息子に渡した」旨を供述しておるのであるが、これによつて、森倉が何人かからヒロポンを買つたことは明らかであるが、右の証言によつては被告人が森倉にヒロポンを譲渡したという事実は認めることはできない。同人の証言は法律の禁止する伝聞証拠であり原審がこの証拠をもつて原判示第一の事実を認定したのは明らかに刑事訴訟法第三百二十条に違反すると主張するのであるが原審は右森倉証人の供述中論旨摘録の部分の如きは採証しなかつたものと解するのが相当であるから、この点に関する論旨も採用できない。

更にまた論旨は原審は証人森倉正司の原審第五回公判廷における供述を排斥し同人の検察官に対する各供述調書を採証しているが同人は先に同第四回公判廷において偽証をなしたので検察官から十分注意を受け偽証をすれば処罰を受け且つ執行猶予も取り消されるべきことを肝に銘じた上での証言であるから十分措信するに価する供述であるのにこれを信用せず却つて宣誓もしなければ反対尋問にもさらされていない検察官の面前における供述を採証しているのは採証の法則に違反すると主張するけれども前叙の如く右森倉証人の原審第五回公判廷における供述は前後矛盾するところが多く措信し難い点がすくなくないのに反し検察官に対する同人の各供述調書の記載はいずれも事理に叶い、いささかも不合理不自然のところは認められないから原審がこれら各供述調書を採証したことは相当であり所論の如き採証法則の違反はない。それゆえ各論旨は理由がない。

(その他の判決理由は省略する。)

(裁判長判事 中村光三 判事 脇田忠 判事 鈴木重光)

弁護人柴田睦夫の控訴趣意

第一点原判決は適用した法律の解釈に誤りがあつて、この誤りが判決に影響を及ぼすこと明らかである。

(1)  原判決は被告人に対し、判示第二の一乃至四の事実を認定し、右各事実に対し各覚せい剤取締法第十七条第三項第四十一条第一項第四号第四項を適用し、右第二の一乃至四の罪が各別罪として成立する旨を明らかにしている。

(2)  覚せい剤取締法第四十一条第四項は「営利の目的で又は常習として違反行為をしたものは」と規定する。「常習として」と云う言葉は刑法上もあらわれる。刑法上常習とばくにおいては、犯人がとばくを何回行おうとも、格別の事情がなければ常習とばくの一罪として処断される。覚せい剤取締法に云う「常習犯」もこれと何ら変るところなきものである。

「営利の目的で」と云うのは刑法上営利誘拐等としてあらわれており、この場合は数人を拐取すれば各営利の目的であつても数罪が成立することになるが、そこでは被害事実が異つている。覚せい剤の場合においては、被害は社会一般であり、右の場合とは異る。のみならず本条が制定せられたのは、覚せい剤の社会的悪影響にかんがみ、その根元となつている営業犯及び常習犯を取締ることに目的があつたからである。営業犯も常習犯も共に反覆継続の恐れあるものであり、その社会的見地より見た実質内容においては殆ど変るところはない。本条が「営利の目的で」又は「常習として」と同条項の中に表現したのは、即ち法律上類種と見たからであり、常習犯が一罪として処断される以上、営利の目的でなされた数箇の行為も亦一罪として処断せらるべきである。

(3)  しかし、原判決が右見解に反してこれを各別の併合罪として処断したのは、法の解釈を誤つたものと云うべく、この点において原判決は破棄を免れない。

第三点原判決は採証の法則に誤りがあつて、ひいて無実を有罪と断定した違法がある。

(1)  原判決は判示第一の事実として被告人が森倉正司に対し注射液三百本を譲渡した事実を認定し、これを認むべき証拠として証人森倉の第五回公判における証言、同人の検察官に対する供述調書二通をかかげる。

(2)  検察官は右供述調書を法廷における証言と相反するとして証拠に提出し、裁判所は弁護人の異議を無視して証拠に採用した。即ち、検察官の面前における供述を法廷における供述より信用すべき特別の状況が存すると言うのである。よつて考えてみるに、被告人は検事の尋問に対して検事調書どおりの証言をした。供述調書との喰違いを生じたのは弁護人の反対尋問以降である。検察官の面前においては勿論反対尋問はない。もし弁護人が検察官の面前で反対尋問をなすことが許されたなら、同じ結果になつたであろう。反対尋問ではじめてあらわれた証拠と喰違うからと言つて、反対尋問にさらされない供述を証拠に採用することが許されるならば、憲法の保障する被告人の審問権は全然有名無実になる。第三二一条第二号で認められるのは、かかる場合でなくて、記憶の喪失、偽証とかの特別状況をいうのであつて、かかる採証は法の趣旨に相反する。

(3)  証人森倉は被告人からヒロポンを買つた事実を認めるけれども、その詳細に入ると「間接に買つた」と語る。「間接に買つた」と言うのは「金玉錦の息子から、堀切の姉さんが持つて来たから買つてくれ、と言われて三百本を受取り、同人に千五百円を渡した。その際被告人が持つて来たかどうかは自分は知らないが、金玉錦の息子から聞いたものであり、金千五百円も被告人に渡したのでなく、金本の息子に渡した」ということで森倉がヒロポンを何人かから買つたことは明らかである。しかし、同証人の証言によつて被告人が森倉にヒロポンを譲渡したと言う事実を認めることはできない。何故ならば、森倉は被告人の譲渡事実を経験したものでなく、金本のせがれから被告人が譲渡した事実を聞いたのであり、これは法律の禁止する伝聞証拠である。従つて、原審がこの証拠をもつて判示第一の事実を認めたのは、明らかに刑事訴訟法第三百二十条に違反するのである。

(4)  原審は主として、検察官の面前に於ける供述調書をもつて事実を認定したとするのであろうか。すでにその違法なことは(1) において述べたとおりであるが、森倉証人は第四回公判において偽証し、検察官より十分注意を受け、偽証すれば執行猶予が取消される上、更に処罰を受けねばならぬことを肝に銘じたものであつて、ことさらにこの法廷でうそを言うはずはないのである。この点からも十分注意した証言を、検察官の面前において宣誓もせず、反対尋問にもさらされない供述と対比して排斥することの違法は明らかである。

(5)  以上、原審は二つの証拠を事実認定資料としたが、それは相互に喰違い、一は伝聞証拠として採用するをえず、しかも一は法律の要件を無視した証拠採用であり、この違法が判決に影響を及ぼすこと明らかである。

(その他の控訴趣意は省略する。)

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